
「壁」というテーマは社会的、政治的な印象が強いけれど、「ザ・ウォール」の中では無意識に、あるいはトラウマに伴って人間が作り上げてしまう心理的な意味での壁にも言及している。鬱病やひきこもりなどのような心の病がストーリーの主人公であり、作者の分身でもある「ピンク」に壁を構築させ、四面楚歌の状況に自ら置かせている。この作品を創作していた頃の心境をロジャー・ウォーターズ自身が振り返り、「あの頃はロックンロールからはまるでかけ離れた精神状態にあった」と、このコンサートの最後でもそう言っていた。
このコンサート自体はアルバムに忠実な構成で、一部は二枚組アルバムの一枚目、休憩の後の二部は二枚目となっている。このアルバムを幾度となく繰り返し聴いてきた自分にとって、音楽面では特に目新しい部分は無かった。むしろ、ほんの一曲か二曲を例外として即興などをそれほど追加せず、アルバムのほぼ原型で演奏してくれたおかげで感激は倍増したと言っていい。

これはギターソロにも言える。デイヴィッド・ギルモアのパートをこのコンサートで演奏したのはデイヴ・キルミンスターというギタリストだった。彼はギルモアのソロを一音一音実に忠実に演奏していて、ギターソロの最高峰のひとつとも言われる「コンフォタブリー・ナム」のソロも出来上がった壁のてっぺんから見事に再現してくれたため、曲の心情が直に伝わって鳥肌ものだった。

そして最後に「壁」は崩れ去った。話には聞いていたが、発砲スチーロールで出来ているかもしれない壁ではあってもライブで実際に観ると圧巻だった。ロジャー・ウォーターズは最後の挨拶で「国々の間に立ちはだかる壁が全てこのように崩れさる日が来る事を願っています」と言った。あの素晴らしいコンサートの最後に言われるとさすがに説得力満点だ。

因みに、一緒に行ったドイツ人の友達がこのショーの部分をいくつかiPhoneで撮ってYouTubeにアップしている。他にも多くのライブ映像がアップされているので、是非チェックして下さい。