
1980年、ピンク・フロイドがリリースと同時に世界を震撼させた「The Wall」を引っさげてアメリカンツアーを行った頃、僕は今日の飯にも困る貧乏学生で、あのショーは観たかったけれど断念せざるを得なかった。もっとも、コンサートのセッティングがあまりにも大規模だったため、アメリカではニューヨークとロスアンゼルスだけでしか公演されなかったのだが、それでもあれは観たかった。
あれから30年。ピンク・フロイドによる演奏ではないけれど、この作品のコンセプトを練り上げ、ほぼ全編をクリエイトしたロジャー・ウォーターズによる演奏を観る機会が遂にやって来た。しかもここサンノゼで。チケットは4月に買った。安い買い物ではなかったが、これに限っては「そういう問題じゃない」。
30年前と言えばパソコンという代物さえ世に新しく、IBMの「PC」でさえまだ市販化されていない時代である。当時から今までに起こったテクノロジーの進化と向上は、このコンサートのプロダクションにも大きな変化をもたらした。待った甲斐はあった。
最初はステージ両脇にしかなかった壁がショーの進行とともにステージの中央にまで築かれていく。出来上がっていく壁には6台の完璧に同期されたプロジェクターが様々な映像を投射している。


興味深いのは、大スクリーンと化した壁に6台の完璧にシンクロされたプロジェクターから投射される映像が戦争、貧困、格差社会、権力の横行など、現在世界中で起こっている悲劇を痛烈に批判し風刺していること。この点、いかにもロジャー・ウォーターズ、という感じだ。
「ブリング・ザ・ボーイズ・バック・ホーム」という曲では、「Bring The Boys Back Home」のレタリングが画面に現れ、観客の大声援を呼んだ。アフガニスタンとイラクへ出兵した兵士たちを帰還させろ、というメッセージは30年前にも増して現在のアメリカ人やイギリス人には直に響く言葉なのだろう。もっとも、カリフォルニアという政治的には革新系の人々が多い土壌だから、なのではあるが。

「The Wall」という題材は、様々な普遍的なテーマを内蔵した作品である。ベルリンの「壁」が崩壊した直後に多くのアーティストが参加して演奏された事も当時は非常にタイムリーだった。子供に対する悪質な教育や虐待は今でも続いているし、戦争や貧困に至っては悪化の一方をたどっている。これはそれら全てに疑問や反論を投げかけるロックミュージックの傑作と言えると思う。