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2.28.2011

ウィロー永眠


ウィローが他界してしまった。2月14日の事だ。

この3年ほど老化で健康維持が困難になっていた。特に昨年の末頃からはトイレを使わなくなったり、近づいても反応しなくなったり、動きが鈍くなったりだった。トイレを使わなくなった分、便と尿はランダムな場所でするようになってしまい、ほぼ毎日床を拭くことになってしまっていた。自宅の床がカーペットではなく、耐水性のフローリングだったのが幸いだった。

ウィローを飼い始めたのは、1994年、前妻と結婚した年の暮れに友人から引き取ってからだ。サンタクルーズの山の中にあるフェルトンという町に住むその友人はすでに2匹の猫を飼っていたが、寒い夜に突然現れたウィローを引き取るのは困難だということで前妻に引き合わせた訳だ。とても小柄な猫だったため、最初は子猫かと思ったのだが、健康診断のために連れて行った獣医は彼女の歯を見て少なくとも1歳で子猫ではないと言う。猫同士の接触はだいたい夜の時間帯にあるから「夕食」を食べさせる事で家に戻すようにしなさいとの獣医の指示に従って、毎晩家に呼び入れる習慣となった。文字通り「籠入り娘」である。

以来17年間、多くの友達、知人、近所の住人に親しまれ愛されたウィローだった。おとなしい、人懐っこい猫で、女性の声に惹かれる傾向があった。頭や首や耳の周りを触ると直ぐにゴロゴロ言いだす。腹を撫でさせるのは信用出来る人間だけだが、僕がその一人だったのはとても嬉しい気がする。毛並みは一生を通じてとても良く、触った感触の柔らかさは他の猫には感じないものだった。帰宅してウサギの毛のようにソフトなウィローを撫でるととても落ち着いた気持ちになった。寝るときは前妻と僕の間に陣取り、ベッド占領率は前妻50%、ウィロー25%、僕が25%というのが普通だった。

2004年4月末に前妻と1年以上の世界一周バックパッキングの旅に出た時、自宅を空にしていく過程でやはり何かを感じたのだろうか、いつもなら毎日裏庭の塀を乗り越えてお隣さんの家を訪問していたのだが、出発する前の数日間は家の敷地を離れなくなった。旅の間、ブッシュ政権下のアメリカやシリコンバレーが作り出す新技術などにはあまり関心が無かった我々二人だったが、ウィローだけは頻繁に思い出し、元気にしているだろうかと心配になった。

永眠させる前の週末はずっと二人で一緒に過ごした。パナマに住んでいる前妻ともビデオ・スカイプで対面した。前妻はおそらくどうして安眠させなければならないのかと疑問に思っていたのだろう。が、実際にビデオで彼女の状態を見て理解したようだった。

そして当日、ウィローをペットタクシーの箱に入れて獣医の診察所に向かう途中、僕の心中は全く穏やかではなく、混乱していた。自宅の側の住宅街を通過中、首輪をした猫が車にはねられて死んでいるのを見た。心騒ぐ中で、少なくともウィローはあのような死に方をしなくてもいいんだ、とぼんやりと思った。

診察所での安楽死は本当に安らかな、静かなものだった。

問題はその日帰宅してからだった。ウィローのベッド、食事、トイレはダイニングスペースに置いていた。そのスペースが空虚で悲しかった。今後そのスペースをどのように使おうかなどと無理に考えようとしたが無駄だった。ソファに座っていても癖で彼女の様子を見ようとそちらを向いてしまうこともあった。そうして2週間が過ぎ、ようやく心が落ち着いてきたところである。

ウィローの想い出は尽きない。猫アレルギーの僕が17年間も猫を飼ったというのも驚きだが、小柄な彼女が少なくとも18歳まで生きたのも驚きだ。正に家族の一員。

ありがとう&さようなら、ウィロー。

1.06.2010

移転のお知らせ

お知らせです。

この度、馴染んで住んだサンタクルーズを離れ、再びシリコンバレーへ移ることになりました。

サンタクルーズは住む環境としては明らかにサンフランシスコよりも、シリコンバレーよりも良い場所です。海と山があり、水も空気も新鮮、街の大きさも人口も程よく、全体的にゆったりしています。が、シリコンバレーへの通勤は僕にとって時間的にも交通状況もストレスが大きく、以前から考えていた住む場所を決めるとなるとやはりシリコンバレーの方が効率が良いため、そちらの方に決めたのです。

引っ越し先はシリコンバレーの中心都市、サンノゼ市内のウィロー・グレン(Willow Glen)という一帯です。住宅地として定着している町で、小振りではあるけれどメンテが行き届いた可愛い家が多く、3ブロックほどのこじんまりした商店街がその一帯の中心となっています。職場の同僚や友達によれば、ウィロー・グレンは「良いご近所さん」という評判ですので、チョイスとしては良かったのだと思っています。以前住んでいたサニーベールからもそう遠くはない場所です。車で10分行くとサンノゼの日本町(ジャパンタウン)もあります。オフィスまでは約15分から20分。メジャーなハイウェーを使うため、渋滞もあるでしょうがサンタクルーズからの通勤路にある17号線の山越えをしなくていいのでストレスはかからないと思っています。

新居はいわゆる「タウンハウス」という型のもので、両隣に住人はいるけれど上下階には居ないフォーマットです。つまり、一つの建物(この場合は三階建て)を縦割りに切ったようなもの。一階は車が縦に二台入るガレージと玄関、二階はリビング、ダイニング、キッチン、ベッドルームひとつ、バスルームひとつ、三階はベッドルームがふたつあってそれぞれにバスルームが付いている、という構造です。階段の上り下がりを頻繁にする感じですが、アメリカでは普段全くと言って良いほど使わない脚を使うのだから良い事でしょう。先日冷蔵庫を入れましたが、男四人で16段の階段をようやく押し上げたという感じで、家具の出し入れには苦労しそうです。

今週末1月9日(土)にサンタクルーズのコッテージを引き払い、コッテージにある最小限の物を移して入居。翌週末1月16日(土)は別居以来倉庫に入れてあったものを全て出して新居に移し、それで引っ越しは完了する予定です。

今の時点で一番心配なのは猫のウィローです。新しい場所に馴染んでくれると良いのですが。サンタクルーズのように木々に囲まれた環境から住宅街へ移るのですからウィローにとって少なくとも移転当初はストレスになるでしょう。病気などせず、すんなり慣れてくれるとありがたい。

新居の住所をお望みの方はメールでお知らせ下さい。

このブログは「コッテージ・ライフ」と名付けましたが、その題名も変えなければならないでしょう。

今後もよろしくお願いします。

4.04.2009

ウィローと一緒

2週間ほど前にウィローをサニーベールから連れてきた。アイクラーハウスのような広い間取りのスペースや、旅に出たりちょっと留守にした時にウィローを可愛がってくれるスイス人のご近所さんから離れてどんな反応を示すかがちょっと心配だった。それに、このコッテージの周りは草や茂みや大木で、サニーベールにはいないような他の動物もいる。

だけど、もともとウィローはサンタクルーズの山の中で生まれ育った猫だ(と思われる)。彼女が拾われたのは、サンタクルーズから山へ10kmほどにあるフェルトンという小さな町。15年も前の話だ。あの頃の環境を彼女は覚えているだろうか?

大家さんは大の猫好き。この数年で2匹の猫が亡くなった後、まだ次の猫を飼い始める気分ではないようだけど、扱い方はちゃんと心得ている人だから何かあった時にも頼りになりそう。ウィローが移ってくるというニュースに大家さんはとても喜んでいた。

始めはコッテージの中に慣れてもらうために、3日ほど外出禁止。初日は食欲はなかったけれど水は飲んでくれたし、おトイレの場所もちゃんと分かっていた。Good girl, Willow!外に出すようになってからは大家さんがいる母屋と広い敷地を毎日少しずつ冒険。慣れるのは思ったより早かった。今では母屋に入れてもらうとリビングの柔らかいイスでお昼寝するのが習慣。

住宅街とは違った環境のせいか、いったん慣れるとものすごい食欲。それとも暖かくなってきたからだろうか。どちらにしても、成長しても大きな子猫ほどの小柄なウィローにとって健康な体重を保つのは大切な事なので、よく食べてくれるのは嬉しい。

彼女も約16歳。長生きして欲しい。