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2.22.2014

アメリカの携帯キャリアー事情

昨年11月末から今年1月初旬まで日本に滞在し、それまで行った事がなかった日本国内の様々な場所へ旅が叶った。東北、信越、北陸などだ。毎年少なくとも一度は帰省するが、行き先は大抵東京、大阪、そして実家の京都と都市圏ばかり。

この度は東北一の都市、仙台にも立ち寄ったが田舎にも行けたのが収穫だった。1両か2両だけの在来線が走る風景は身を切るような北国の風の中でも絵になる。

一関から気仙沼へ向かう大船渡線に乗っていてふと思ったことがあった。

 日本ではこんな山の中でも携帯電波が落ちない。

日本国内でiPhone5を買って帰省滞在中にはそれを使っている。キャリアーはソフトバンクだ。ほんの暫く前までは「つながり難い」とか「直ぐ切れる」などと言われていたソフトバンクだが、気がつくと「もっともつながり易いキャリアーになりました」というCMが流れている。もっとも、docomoもauもそれ程変わりないユーザ体験であろうと想像する。しかも日本の携帯のネットワークはやたら速いと感じる。

アメリカに住んでいると、通常の使用体験として携帯電波が切れないというのは驚くべき事だ、と僕は思う。例えば、2012年の10月に訪問したアメリカ南部のテネシー州。もともとあまり何もない南部の田舎でアパラチアン山脈の麓の地域だが、自分にとっては母校の大学がある想い出の土地である。20数年ぶりに訪れただけあって土地勘も薄れ、ハイウエイや町中の道も変わってしまっていてナビが必要な事が多かった。グーグルマップで確認しながらレンタカーを走らせたが、切れる切れる、携帯電波がブチブチとあちこちで切れるため、現在位置が分からなくなる事が大変多かった。

こういう状況をアメリカ人に話すと、「ま、田舎だからね」という返事しか戻って来ない。日本の携帯市場で「田舎だから」という言い訳はすでに通用しないであろう。が、アメリカでは予期すべき現象なのだ。技術力もイノベーションも世界一だとか言いながら、この状況なのである。

携帯電波は拓けた町中、例えばシリコンバレーのど真ん中でも切れる。切れない時も、4G/LTEでも3Gでもないさらにその原始系であるEDGEというプロトコルが時々顔を出す。Apple社の本社ビルの北側に280号線というハイウエイが走っているが、そのさらに北側、つまりApple本社ビルから280号線を挟んで反対側の交差点で4G/LTEおよび3Gが入らず、EDGEしか入らない箇所があった。Apple本社ビルから歩いて5分ほどの地点である。2013年の事だ。それにはさすがに腹が立ったが、暫くしてやっと改善されたようである。

ネットワークの速度はシリコンバレーでも日本に比べて明らかに遅い。とは言っても大半のアメリカ人はソファでテレビを観て世界を知っているような顔をしていても実際には臆病この上なく、アメリカの外へ旅をする人の数が圧倒的に少ないため、国外での携帯ネットワークが自国のそれよりも格段と速いという事実さえ知らず、体験した事など無い連中が大半なのだ。そんな連中にいくら「アメリカの携帯ネットワークは遅い」と伝えようとしても理解してはくれない。

ではコスト的にはどうか。日本に比べて携帯ネットワークは遅く、しかも至る所でブチブチと切れるサービスであるにもかかわらず、アメリカのスマホ携帯使用コストはやたら高い。独身でファミリープランとは縁がない状況で、毎月100ドル以上の請求が来る。しかも毎月のデータ量は制限されており、それ以上使うと追加料金を取られる。コストは日本の約2倍と考えて良いかもしれない。

アメリカから見ると、日本の携帯サービスはそのデマンドに対応してか、或いは日本独特のサービス精神の反映か、至れり尽くせりと言って良いレベルである。逆、日本から見た印象に反して(?)アメリカの携帯サービス全般のレベルが低すぎるとも言える。

そもそも、アメリカの携帯キャリアー市場ナンバー1と2であるヴェライゾン(Verizon)とAT&Tが需要と国土の広大さを言い訳に持ち出して積極的な投資をしてインフラの拡充やサービスの向上に関しては呆れる程怠慢だ。アメリカ南部の超保守的な白人肥満オヤジたちが葉巻をくゆらせながらやっているビジネスである。今後の向上はあまり期待出来ない。

孫正義氏がアメリカの携帯キャリアーを買収して本腰で全体的な改善を目指しているようだが、彼が全力を挙げて市場のレベルを上げて行けば、少しは日本のレベルに近づくのだろうか。


2.13.2014

右傾国策と少子化

アメリカは軍国資本主義である。中国でも共産主義などと言ってはいるがアメリカとほぼ同じ軍国資本主義の様相を呈している。(もっとも中国の場合は、元来お決まりの伝統的歴史的文化しか文化らしきものは無く、文化大革命の皮肉な反動として金儲けと消費と権力しか関心と能力が無い連中が大半を占めているのが現状で、おざなりにもご立派な資本主義とは呼べないのだが。)両者ともハンパ無い数の兵士を持つ事は共通しているが、その背景は似通ってはいるものの若干様子が違う。

中国の場合、有事の際に消耗可能な男子が有り余っている。貧困に喘ぐ地方の、教育も受けていない若者に食事と住処とちっぽけな給料を「軍隊に入れば…」と吹き込んで抱き込めばそれだけで兵力を増強出来る。年に20万件以上と言われるデモや暴動で中央当局に捕まり果てしない拷問を受けるよりは兵士になった方がマシだというわけだ。

一方アメリカでは911同時多発テロ前後のアメリカ経済の悪化および後退、製造業職種のオフショア化による就職難によって仕事にあぶれる若者が急激に増加した事を背景として、軍が若者を勧誘する際に「大学の学費負担」を退役後の条件として掲げているため、それに釣られた下層階級の多くの若者が兵士となる。特に昨今の大学学費の異常な高騰は下層階級のみならず中流階級家庭にも経済的プレッシャーがかかっている。(自分は下層階級の若者が従軍するのは米国政府や官庁がある程度そのような作為を持って組織的にそう仕向けていると考えている。)さらに911同時多発テロ勃発後はアメリカ独特の愛国心を以て自らの意思で従軍する血気盛んな若者も大変多かった。

また、アメリカの税制下では以下のようになっている:

1.結婚すると一人当たりの所得税は独身者よりも税率が高くなる。

2.結婚して高くなった税率を減少させる方法は二つある。一つは子供を作る事。もう一つは住宅ローンを組んで(平たく言えば借金をして)家を買えば、ローン支払いのうち利子分が所得税申告の際控除対象となる。

つまり「アメリカンドリーム」を実現したかったら先ず結婚し、子供を作り、家を買い、その家を消費品で一杯にしろという話だ。アメリカ社会では未だにそれが理想像とされるため、離婚率50%であろうとなかろうと将来兵士となってくれる「人材」は産まれ続けることになる。上手く出来たものだ。

因に、中国の貧困階級同様、アメリカ下層階級の若者たちの教育レベルも非常に低い。過去に製造業で繁栄した南部や中西部の市町村では今や失業率50%以上、基礎教育を全うしない若者(いわゆるドロップアウト達)が40%というコミュニティーもある。今そこにあるのは劣悪な治安と麻薬だけだ。従って、アメリカでも中国同様、一般兵士達の知性や理性レベルは非常に低いと考えて良い。日本領土にある米軍基地周辺で起こる米兵による日本国民に対する理不尽で残酷な犯罪が起こるのは下士官以下レベルの兵士の理性や知能レベルが低い事も大きな理由だと考えている。

これらの違いはあるにせよ、アメリカや中国はこのように供給を維持している膨大な兵力をバックに国際外交では偉そうな事を平気で言えるわけだ。また、各政府が国内軍備企業とベタベタの関係を保ち、兵器の増強、高技術の新兵器開発がそれに伴っている事は言うまでもない。

日中戦争と太平洋戦争でもそうだったが、そんな相手に戦争を仕掛けるのは狂気の沙汰以外の何ものでもないだろう。

しかし、どうやら現行日本政府はそう考えてはいない。

現在の数多い日本国内の問題の中に少子化というのがある。そう、少子化が問題になっている国がどのように志願者を募り、訓練し、戦線に送り込むと言うのか?という事だ。放っておけば人口が低くなるだけの今の日本が、今後さらにその人口の一部を戦争で犠牲にする覚悟があっての雑言なのだろうか?この点だけでも現行日本政府が机上の空論ならぬ妄想論を現実化しようとしている浅はかさが見て取れる。ネトウヨなどは「富国強兵」と「少子化」のジレンマさえ理解出来る知能は持っていないだろう。

日本国内から見てどうなのかは詳しく知らないが、これらの事を理解した上で国際レベルで日本の外から見ると、日本の宰相の言動などチャンチャラ可笑しくてまともに受け取れるものではない。これについては小林よしのり氏も大前研一氏も別の角度からほぼ同じ結論を出されているようだ。島国根性、井の中の蛙のメンタリティー炸裂中と言ったところか。

では少子化問題はどのように解決出来るのか?大して頭の良くない自分でさえある程度の想像はつく。

 若者達が安心して結婚し、経済的にも環境面においても安心して子供を産み育てることが出来、子供は虐待や利用される事無く成長出来る国および社会を作る。

単純にただそれだけである。今後日本が太平洋戦争の苦い体験をもう一度味わいたいかのように暴走するにしても、兵士の増強はそんな場合も最低限必要事項なのだ。宰相が恥も知らずに国際社会に軽薄な口先だけの「戦術」を主張する今の日本はその真逆に向かっている。そんな宰相とその取り巻きを「圧倒的支援」を以て選出したのは日本の有権者達だ。

1994年5月に初めてヨーロッパを旅して以来、「女と子供が幸せな国は安定した良い国だ」という考えは今も変わらないが、それを現在の日本に期待するのは無理であろう。


2.09.2014

東北3

朝、仙台から新幹線で一関へ移動。一関駅の改札を一度出て、駅前で宿を探す。改札口から歩いて1分以内にビジネスホテルがあった。フロントで部屋を確保し、バックパックを置いて手荷物だけで駅へ戻る。

一関 > 気仙沼 > 陸前高田、という行程で被災地を訪れたかったのだ。

午前10時過ぎ。再び駅構内に入ると、気仙沼行きのローカル線は2分ほど前に発車してしまっていた。この路線は2時間に1本しかない。仕方なく、いったん切符を清算して駅前の喫茶店に入り、次の12時過ぎの列車を待つことになった。コーヒーとサンドイッチでブランチ。

12時数分前に再び一関駅に入り、気仙沼行きのホームに降りると、列車は既に待機していた。乗客もまばらなその列車に乗り込むと、その数分後に発車した。動き始めた列車からホームの反対側に停まっていた列車の行き先表示に「気仙沼」とあるのを見た。

ん?あれが気仙沼行き?するとこの列車は一体どこへ?

自分が乗っていたのは盛岡行きだった。旅の途上での久々の大チョンボ。



一関−盛岡間の在来線はほぼ1時間に1本。さらに一関から気仙沼への次の列車は午後2時頃。直ぐ一関へ引き返しても2時間近く待たなければならない。しばらく盛岡行きに乗り続け、程よい時間に引き返す事にした。暫し冬の東北、農閑期の農地、山と川の風景を味わう。



そして午後2時過ぎ、ようやく気仙沼行き大船渡線に乗った。日没時間を調べると、午後4時過ぎには日が沈む事が分かった。陸前高田に着く頃は真っ暗であろう。やむなく陸前高田行きは断念。震災直後、気仙沼を襲った津波の映像を数を多く観た。その印象は陸前高田と同様、強く残っている。気仙沼だけでも見たかった。

大船渡線は山谷を縫ってゆっくりと進む。杉や檜の植林がなされた山、ご先祖さまのお墓、コンビニも無い無人駅、豊かな山の自然と古い伝統やしきたりが感じられる村…

そして日が傾いて沈み始める頃、ようやく気仙沼に到着した。ミスだらけの一日だったが、全く暗くなってしまうまで少々の時間はありそうだった。


2.02.2014

東北2

松島からバスと電車を乗り継いで石巻へ。石巻駅を出て直ぐ駅前で待機中のタクシーに乗る。

「アメリカで住んでいる者ですが、これから3時間貸し切りでお願いします。運転手さんが石巻でこれだけは見て欲しい、知って欲しい、と思う所へ連れて行って下さい。お任せします。」僕は関西弁で運転手に告げた。

僕のような観光客(正確には「ネガティブ観光客」と言うべきなのだろう)は案外多いらしく、連れて行ってもらった各所で運転手は助手席に用意していた「Before & After写真」つまり震災前と震災後の航空画像を見せてくれた。

落ちた橋、先生と生徒が流された小学校、先生と生徒は流されずに済んだものの校舎が流されてしまった中学校、建物が流されて基礎のコンクリートだけが残っている土地、木の高い枝に未だに引っかかっているシャツ、目新しい魚卸市場や漁業組合の建物以外は何も無い漁港…巨大地震と津波の爪痕は2年半経った2013年11月末でも癒える事無く残っている。



石巻では、震災後に電気が回復するのに3ヶ月、水道は4ヶ月かかったと言う。町とその周囲の地域全体が平均約1メートル50センチ陥没しているため、以前は何でもなかった少々の潮の上昇でも町中で冠水する部分があり、タクシーの運転手達は頻発する通行止めに悩まされる。

国や県のお役所仕事が遅々として進まない事も確かにあるらしいが、現地の人々の話では被害を受けた土地の地主それぞれがその土地をどうするのかを決めなければならないという点が再建を遅らせる最大の原因ではないか、という事だった。陥没している土地にそのまま再建するのは躊躇われる。同じ土地に再建する場合、先ず残っている基礎のコンクリートを剥がし、整地を行い、少なくとも150cmの盛り土を乗せ、再度整地をしてから新たな基礎を築かなければならない。同じ土地に戻り家を再建して住むか、或いは高台へ移るか。各地主は決断を迫られる。

丘の中腹にある病院の駐車場から石巻漁港を見下ろす。眼下には4階建てのビルが非常階段を水平に備え、屋上をこちらに向けて転がっている。震災直後、カリフォルニアでネットニュースやYouTubeにへばりついていた時に観た映像が記憶の中で呼び起こされた。津波警報が鳴り響く中、小型のボート数隻の水位が徐々に上がりだし、そしてついに津波が到達。そうだ、あれは漁港の対岸に停泊していたあの場所だった…



「お客さんが今立っておられるこの駐車場の車も全部流された。この病院の一階の天井まで水位が上がったんです。」

「えっ?ここまで?」

想像を絶する水位の高さだった。

「やはり自分の目で見ないと分からない事や実感出来ない事がたくさんあるものだ…」

石巻から仙台へ向かう急行バスの最終便の中でこの一日見た事、聞いた事を思い浮かべながら改めてそう思った。

1.30.2014

日本は普通じゃない

日本は清潔さやサービスの良さなどで世界的に群を抜いている。物騒な事件が起こるとは言いつつも、治安の良さでも国際的には最高レベルだと言える。サービスの質の高さと平行して日本人の平均的な勤勉さやプロ意識も同様だ。

海外から訪れる人たちの目には良い意味で異様な光景に違いない。日本滞在中にはたと気付いて、ここまで目を配るのか、そんな事までするのか、と関心したり目を見張ったりするわけである。日本人にとってこれらのことは当たり前であって特別な事でも何でもなく、それを有り難く思う感覚も麻痺していると思われる。

そんな日本人がその有り難さを痛感するのは海外へ出かける時だろう。下手をすれば外資系の航空会社の飛行機に乗り込んだ瞬間からそれを思い知らされる羽目になる。日本の外に出た人で、しかも何らかの体験をしないと日本の特殊性には気付かない。



一ヶ月間ウォッシュレット無しで生活して日本に戻って来る事を想像してみれば良い。僕は日本滞在からカリフォルニアに戻って僅か数日後にはケツが痛くなる。このケツの痛さは国内でウォッシュレット完備をほぼ実現した日本の外ではごく普通の現象であると想像せざるを得ない。

清潔、質の高いサービス、細かい気遣いなどのレベルの高さを「世界で日本だけで他の国には無いもの」と初めて認識するのだ。角度を変えた言い方をすれば、日本の外でこうした日本の良さを要求したり期待するのは文字通り場所違いなのだ。

例えば、日本のサラリーマンが出張でフランスへ行く。フランスでは昼食にも時間をかけ、昼間からワインも飲む。その勤勉な日本人サラリーマンは帰国してから同僚にこんな風に報告する。

「パリで先方の社員と昼飯食ったんだけどね、連中ったら昼間っからワイン飲みやがってさ、あれじゃ仕事になんねぇよ。フランス人って怠け者なんだな。プロジェクトの話が進まなくてさ〜。」

勤勉さが国民性の一部である日本人にしてみればそういう見方もあるだろう。別の見方をすればこうなる。

「パリで先方の社員と昼飯食ったんだけどね、連中ったら昼間っからワイン飲んでるわけ。さすがにヨーロッパってところは日本と違ってゆったりとしているというか、人生楽しんで生きているよね。日本人みたいにあくせくしてないんだよなぁ。」



海外の工場で現地社員に日本でやっているのと同じ部品の作り方を指導して、教え込むことは出来る。が、彼らの生活様式や国民性を日本人化することは出来ない。その逆もまたしかり。日本のサラリーマンがEU圏で法律によって保証されている毎年5〜6週間の休暇を得ることが出来ても、日本人の国民性ではその時間をどのように自分を楽しませリラックス/リフレッシュさせるために使って良いのかも分からないだろう。普段スーツ&ネクタイ姿で蟻のように働くサラリーマンの自殺件数が上昇するだけだ。

その一方で清潔さやサービスの質の高さで与える好感度を「輸出」する事は可能だと考えている。中国などはその典型的な輸出先であろう。もっとも、マネとコピーしか出来ない中国人の事だから全部自分たちだけのアイディアでやったのだと言い張るに違いないのだが。

1.26.2014

東北1

 6週間という大変長い休暇をもらったので2013年11月から年明けまで日本で過ごすことにした。日本国内でまだ行ったことがないところへ行きたかった。なかでも東北の被災地は自分の目で見たいとの思いが強かった。

 東京から仙台経由で松島へ。



 海岸沿いの旅館で一泊。旅館のスタッフによれば、牡鹿半島に遮られたお陰で松島は津波の被害から逃れたらしい。夕闇迫る松島湾の海岸沿いを歩いた。蒼っぽい色の海面と雨を予期させる雲が美しかった。明らかにカリフォルニアでも日本の都会でもない色。



 その夜、朝1時過ぎだったか、地震で目が覚めた。後で調べるとM4前後の揺れが太平洋沖であったようだ。慣れない自分には異様な感覚。雨音を聞きながら再び眠りに落ちた。

1.21.2012

「温度差」

前回のブログで東北大震災や福島原発事故、放射能汚染などの「温度差」について考えてみる、と書いた。それ以来あれこれ考えてみた。その都度頭の中に浮かんだ事を書いてみようとも思ったが、実際には書かなかった。しばらくしてある程冷静になってツイッターで入ってくる情報や自分の考えの整理をしてみたら、僕が感じている「温度差」というものの本質が見えてきたような気がする。

生半可な考えをブログに垂れ流さなくて良かった、と思う。

僕の所在地はアメリカだ。従っていろんなことが起こっている日本は離れた所から見ていることになる。太平洋を隔てた北アメリカ大陸から日本を見た場合、物理的な距離感を感じるのは当然だ。実際、僕は311以前も以降も幸いな事に大した地震は体験していない。東北や関東に住む人々のように実際に大きな揺れを感じ、恐怖を感じ、今口にしている食べ物が放射能に汚染されているのではないかと疑う気持ちなどは体験していない訳だから、それに関してはどうこう言える立場ではないだろう。

そう言った温度差がある事は間違いない。が、今の社会ではもう一つの「温度差」がある。それ’はどうやら僕が日本国内に居らず、対岸の火事的に日本を見ていることがその原因ではない。ではなにがその根底にあるのか?それは情報源だと考えている。

3・11以来ネットで多くの人達が言っているのは、(1)どの情報源を正しい情報が発信される場所として選ぶ能力、(2)そこから出てくる情報を基にして自分の判断や行動を決める能力、この2つの能力、才覚が必要な時代だ、という事である。正しい意見だと考える。 放射能汚染が進む日本国内でそれらの能力が生死の境目になる可能性は充分にある。

家族、友達、知人の間での会話や議論もその情報に基づいて発言することになる。大手メディアの報道もその情報を基に判断するようになる。今の日本の現実もその情報を基に個人の頭の中で構築されるようになる。

時代は正に映画「The Matrix」の世界になった。いや、さらに正確に表現するなら、時代はようやく映画「The Matrix」のような世界観や自己認識を持つようになった、と言った方が良い。なぜなら、今までわれわれは明確にその区別をすることなく、自分が持つ情報によって現実が構築されていると考える人はごく少なかったからだ。

日本国内に住んでいる人たちには、海外に長く住んでいる日本人が日本に関する最新情報には疎いという先入観があるらしい。ネットがある世界ではもはやその先入観は化石のごときものだと考えて良いだろう。そして、日本国内に居る、居ないとでは体感するレベルも異なるだろう。しかし、情報を基にして現実や意見が作られるなら、物理的な所在地が持つ影響力は減少すると考えざるを得ない。

今後そのネットに潜むエネルギーが日本という社会にどこまで影響を与え得るのだろうか?

7.17.2011

3・11

2011年3月11日。

京都の小学校時代の同級生からのメールが日本から届いた知らせの最初だった。普段はこちらの日本語放送を観る事も、テレビ自体観る事も無い生活である。が、その日からほぼ1ヶ月、911同時テロやハリケーン・カトリーナの時と同じように、ネットに張り付いてありとあらゆる情報に目を通し、動画を観た。そして911やカトリーナの時と同じように精神的に落ち込んだ。

前妻との不和期、別居、離婚、そして離婚後を通じて会っていたカウンセラーにも4回通うことになったが、今回も鬱には至らず薬を当用する事無くほぼ通常の気分に戻すことが出来たのは幸いだった。だが、それほどではないにしても少々の落ち込みは震災/原発事故発生以後コンスタントに継続している。これは日本人であれば地球上のどこに住んでいても同じであろうと想像する。

震災/原発事故発生から1週間以内には、「正しいと思われる情報源」を探し、見つけてそれらをフォローし始めていたし、福島原発でメルトダウンが起こり、その状況は悪化し続けているという認識もその時期から既にあった。

日本国内に住む日本人との温度差を感じてきたのはもちろんこれが初めてではないが、今回は今までとは全く異なった「差」を感じる。その理由にはいろいろあるのだろう。311から4ヶ月以上経過して、その温度差なるものの原因についてある程度自分なりに理解してきたことがある。それらを少しずつでも文章にまとめてみたいと考え始めたのは、ここ数日の事である。もっとも、今回だけでは書けないので数回に渡ってまとめてみようと思っている。

今ひとつだけ言えるのは、今ほど精神的に孤独を感じたのは1980年代終わりにシアトルに住んでいた時以来だという事だ。しかもあの頃感じていた孤独の理由は、ただ単にシアトルには初めて住んだこと、当然友達もいなかったこと、おそらくシアトルの雨が多く曇りがちな気候に影響されていたであろう事、それくらいである。今回感じているのはそれとは全く異質のものだ。

3.05.2011

義祖母逝く


義祖母、つまり義父のお母さんが亡くなった。97歳。大往生である。僕にとっては昨年11月京都に帰省した際お会いしたのが最後となった。幼稚園の園長さんをなさっていたこともあって、大変優しく馴染み易い方だった。高齢になってお身体は弱ってきても頭はボケる事無く、本も新聞も読まれていたし、忘れっぽい事もそれほど無かった。これはお亡くなりになるまでそうだったようだ。

前妻としばらく京都に住んでいた折、クリスマスの夕食に招待してプレゼントを贈ったことがあった。彼女にとってそのようにしてクリスマスを祝うのは始めての経験だったらしく、「クリスマスって楽しいねぇ〜」と嬉しそうになさっていたのが思い出として残っている。

家族みんなからは「アーちゃん」と呼ばれていた。

アーちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。

12.06.2010

レトロ・ジャパン


今月末に52歳という年齢的なものも影響しているのか、最近レトロな日本に目が行ったり、関心を呼び起こされたりすることが増えた。昭和33年生まれだからか、時代設定がその頃の映画などに出会うと、自分が生まれた頃には日本はどんな様子だったのかなどが気になったりする。例えば「ALWAYS:三丁目の夕日」では昭和33年に当時まだ建設中の東京タワーのCGなんかが画面に出ると、「おお〜」と一人で感心してしまったり、「オリオン座からの招待状」ではその頃の京都のCGを観ただけで感激したり、なのだ。

カラーテレビが登場した頃の事もかなり鮮明な記憶がある。まだ幼稚園に居た頃、東京オリンピックに向けて聖火ランナーが平安神宮と京都会館の前を走ったのを見た記憶も。

自分が生まれた当時の様子を再現した映画のシーンで見る限り、あの頃はまだ子供はもちろん大人達にも「イノセンス」、つまり無垢で純情なところが十分あったのだと思う。そんな考えが次々と浮かんで来ると、最近つまり日本のバブル崩壊後に生まれた世代が、自分たちが生まれた頃の日本を振り返るようになったら、一体どのように感じるのだろうか?とも考えたりする。

「あの頃は良かった」という考えばかりには固執したくない。今僕が置かれている状況は911同時テロ後のアメリカだし、日本へ行ってもバブル崩壊後の日本はまた続いている。何も元には戻らないから。とすれば、前を向くしか無い。

11.30.2010

11月の京都


サンクスギビング(感謝祭)の一週間、京都に居た。勤労感謝の日の休日がある11月末の週には縁があって、2007年に前妻が東山の法然院で個展を開いた時以来、ほぼ毎年のように秋の京都を訪れている。が、寺社仏閣を訪れることはそれほどなく、主に町中を歩き回って楽しむ。

コーヒー好きとしては堪らない町だ。今やチェーン系と効率の良さが全面に出ている東京では、美味いコーヒーを味わえる店の存在感はあの大都市の広さもあってか、その密度はむしろ希薄だと感じる。もちろん、何でもある東京には美味いコーヒーを飲ませる店は無数にあるのだが。

京都は代表的な「日本の美」を見たり感じたりすることが出来る町だと言われるが、町の全部がそうなのではない。現代化した町だし、必ずしも良いデザインとは言えない要素も多くなっている。アメリカに住んでいる者がハッとするような「日本の美」は、寺の庭や仏像、焼き物、食べ物の他にも、どちらかと言えばひっそりと、町中の日毎の生活の中にある、と思う。

11.07.2010

早くも



車で10分も行かないところに、有名ブランドがずらりと並ぶ「サンタナ・ロー」というショッピングセンターと、大きなショッピングモールが隣通しに並ぶ一角がある。そこへ行くハイウエーの出口がこの週末からいきなり渋滞し始めた。クリスマスショッピングのシーズンが始まった。

ハロウィーンが過ぎたと思いきやリテールの店頭は早くもクリスマス商戦に向けて模様替えしている。僕がアメリカに渡った70年代、そしてその後20年ほどは、商店がクリスマスショッピングに備えてデコレーションを始めたのは11月末のサンクスギビング(感謝祭)の週末が明けてからだった。90年代になると、ハロウィーンが終わったらテレビでクリスマスモードのコマーシャルが出始め、近年に至ってはクリスマスのデコを見始めるのが異常に早くなり、大きなショッピングモールでは9月にはハロウィーン、サンクスギビング、クリスマスのデコが全部出てしまっているところさえある。つまりお化け、カボチャと紅葉と七面鳥、クリスマスツリーが同時に飾られるのである。

大手多国籍企業から個人経営の商店に至るまで、クリスマス商戦は死活問題であり、年に最も売り上げが高くあるべき時期となった。この時期に売り上げが芳しくなければ企業や商店は確実に潰れる。クリスマス、年末を含む四半期決算でその判定が下る。

アメリカの消費者はこの30年間で確実に年末消費パターンを変えられてしまった。洗脳されたと言っても良い。

日本のクリスマスも企業や商店の書き入れ時だろう。宗教的には無信仰に近い文化だから、物質が先行するのはやむを得ない。独身者がロマンチックなクリスマスイブを一緒に過ごす相手を探すのにやきもきしたり、彼/彼女のプレゼントを選んだり、カップルがホテルとレストランの予約に奔走したりする。テレビの連ドラでは必ずと言って良いほど「クリスマスのミラクル!」っぽい過剰演出のクライマックスがある。ライトアップスポットは即デートスポットやおばちゃんの集団がドカドカワイワイ出かける場所になる。バカバカしいと言ってしまえばそれだけだが、ある意味微笑ましくもあり、可愛くもある。日本化したクリスマスには宗教絡みの「嘘」が無い。キリストの誕生日もクソもなく、楽しく、出来ればロマンスに恵まれ、色鮮やかに楽しい季節。それで良いと思う。

アメリカというこの消費大国では、クリスマスは一年で最も無駄で最もエゲツナイ消費が行われる時期、それだけだ。が、キリスト教信者の数が多いためか、一応キリストの誕生日という、今では後付けとさえ思えるような名目上のカモフラージュを装う。

ガソリンの燃費が最悪のでっかい車を飛ばしてショッピングモール、ショッピングセンターを走り回り、入り口に最も近い駐車スポットをめぐってテンションを上げて競争したり言い合いになったり。モールの中では貯金があろうが無かろうがクレジットカードに全てをゆだね、クリスマス用に吊上げられた高めの値段でそれほど必要でもないものを買いまくる。その反面教会の礼拝にはちゃんと出て「クリスマスは感謝の季節。恵まれぬ貧しい人にも幸あるように」などと真顔で祈っている。恵まれない人たちにはこれっぽっちも恵む事がないか、税金の控除の対象になるという理由も手伝って適当に寄付するくらいだろうか。きれいごとはともかく、「クリスマス・キャロル」のスクルージのような連中がほとんどである。普段は性格がいい人でもクリスマスショッピングになるとストレスが貯まるのか、嫌な面を露呈することさえある。

僕に言わせてみれば「嘘だらけ」なのだ。クリスマスだから買い物しまくって、美味いもん食いまくって、彼/彼女とロマンチックに過ごして、子供が欲しいというものを買ってやって、ついでに自分が一番欲しいものもチャッカリ買って、友達や同僚とホリデーパーティーで飲んで騒いで・・・だけの方がむしろ賛同出来る。

一度で良いから日本で奇麗な女性と「ロマンチックなクリスマスイブ」なるものを過ごしてみたいものだ。

11.05.2010

季節の味


アメリカに住んでいて日本の人たちが羨ましいと思う事の一つに、「季節の味」がある。高価なものから定食屋で安くて美味しく食べることが出来るものまで、実に様々な四季折々の食材が店頭や家庭料理や居酒屋やレストランに出る。

「あぁ、これが食べられる季節になったか」という文句はちょっとオッサン臭くもあるけれど、若い人たちだってそう思っているに違いない。

さて、アメリカで食材を見て季節を感じることはそれほど無い。新鮮な野菜や果物は豊富だが、巨大なスーパーの膨大な食材を見渡しても年中同じように見える。魚は通常エゲツナイ冷凍物ばかりだし、新鮮な魚でも季節によって魚の種類が変わるようには見えない。季節を感じるのは、温室ものではなくて夏の陽を浴びて育ったトマトの瑞々しさを口の中で味わう時くらいだ。

別の言い方をすればアメリカの普通のスーパーで売っている食材は、そのほとんどが人口的に管理された環境から収穫を得ているものだということだ。年中欲しいものが手に入る、というのは眉唾物だと思っていい。さらに言えば、日本で食材を売っている店でそのような品物が増えているとすれば、それはむしろ「警告」と解釈した方が良いと思う。地元の市場、八百屋、果物屋を是非応援して頂きたい。

例外は「ファーマーズ・マーケット」と呼ばれる、区々で通常週一で開かれる野菜と果物の市場。農家の人たちが新鮮な収穫を売りに来る。カリフォルニアでは有機農法で育ったものが多く見られる。そこで手に入る食材は新鮮度でも健康度でも、そして美味しさにおいても一般のスーパーのそれとは格段の差がある。

秋は味覚が最も豊かな季節。大いに食べて下さい。

8.02.2010

選択肢の問題


熱中症で搬送されたり亡くなってしまう人たちが続出している日本。そんな天候の中で未だにスーツとネクタイで働かなければならないリーマンたち。スーツ+ネクタイ姿は武士の二本差しに相当するのだろうか?僕に言わせればあの暑さの中でさえ企業や雇い主が社員にそんな服装を強いる事自体狂気沙汰なのだが…

さて、そんな職場環境でリーマン侍たちには「選択の余地」はあるのだろうか?

この疑問を巡って義父と議論した。彼は日本ではそんな選択の余地はないと言う。僕にしてみれば規則で固められた日本の社会でも選択肢はあると考えている。そもそも、そのような職場環境を善かれと思って選んだのは本人なのだ。幼少時代から「進路、進路」と急き立てられて成長した結果である。あるいは、自己の向き、不向きを意識外に放り出して「有利な進路」だだけを優先してきた結果である。どんなに頭脳が優秀でも不向きな仕事をしていたら誰でも落ち込むしストレスも貯まるというのに。

客相手の企業職、主に営業の人たちは「お客さんと会わなければならないから」スーツ+ネクタイなのだろう。客の方が前もって営業目的で来社する取引先のスタッフに「この暑さですから服装はご自由に」と伝える事さえも期待できない社会なのだろうか?

自己の生活環境を自分でクリエイトすれば良い。そんな仕事が嫌だったら辞めれば良い。それが無理なら日本を出れば良い。もっとも、そこまで情熱と優先性を持って日本の夏の仕事着対策を考える人は少ないだろうけれど。

もっとも、この意見の対象となるのはクビにならないことを前提としている正社員に限定される。リストラされた多くの人たちにとって、そのような選択肢が無いという切羽詰まった状況は理解しているつもりだ。

あるいは、こんな意見は日本の社会を全く知らない僕の戯れ言にしか過ぎないのだろうか?

外から見た日本の社会は、今や常識破れの考え方を導入しない限り現状を打破出来ないところまで来ているように思うのだけれど、日本では「常識」の認識とそれへの執着が当然とされ個人にも要求されるから何も新しい動きは出てこない。

アメリカでは1960年代に「Tune In, Drop Out」という言葉が出てきた。自分の感性や考えに訴えるものにtune in(注目、賛同)し、それに合わない既成のシステムからドロップアウトせよ、という意味で僕はとらえているのだが、50年後の今、日本ではぴったりのメッセージではないだろうか?少なくとも先進国と呼ばれる国々の社会では、個人レベルでそれが可能になっている。

もっとも、かく言う僕自身もアメリカではただのリーマンのおっさんである。が、暑い日は短パン、軽いシャツ、草履で出社する。心地いい服装の方が仕事に打ち込み易く、効率も高い。会社側もそれを良く理解してくれている。

12.22.2009

「去年ルノアールで」

日本語ビデオレンタルショップに再び通うようになってしまった。この行動はおそらく僕の「アンチ・アメリカン・クリスマス的」姿勢が反映されているからに違いない。

この時期、アメリカ人の多くは仕事、帰省または訪問中の親族、クリスマスプレゼントのショッピング、クリスマスディナーの献立、クリスマスパーティーが頭の中でごっちゃになっている。巨大なバンやSUVの中では子供たちがチャイルド・シートで泣き喚く。

そんな連中のアブナい運転には付き合っていられないし、「クリスマス渋滞」に捕まるのも嫌だ。だから週末は外出を避ける。本を読むか、音楽を聴くか、ビデオを観る。

先日借りてきたビデオはそれまで見慣れず聞き慣れなかったもので、「去年ルノアールで」という一話10分の短編集のようなもの。これが僕にはバカ爆笑モノの大ヒットだった。

ウィキペディアによると、「広報番組『Eネ!』枠内で、2007年7月15日から2007年9月30日に毎週日曜深夜26:30–26:40(毎週月曜日未明2:30−2:40)にショートドラマとして放映された。全12話。」とある。月曜日の未明なんて見る人はいないだろうと思うのだが、色んなところで目にする人気俳優たちも数人出演している。面白半分に出演依頼を引き受けたのだろうか、バカなキャラになり切っていた。

番組の中でコーヒーは「ルノアール名物、ブレンドコーヒー」と呼ばれていたが、僕の記憶には「ルノアールのブレンドコーヒーは美味しかった」という印象は全くない。どちらかというと煮詰まった臭いのする濃い目のコーヒーという覚えがある。個人的に「ルノアールの名物」と言えばお替わりタダのトーストなんだけど。高校生の底なしの胃にはもってこいのスナックだった。

僕の中高時代にはルノアールは至る所にあった。駅前銀座と呼ばれる場所では頻繁に見かけた。今のドトールやスタバのようなものなのだが、それは所在地の話であって、店内は全く違う。「去年ルノアールで」ではあの懐かしいルノアールの店内の様子を的確に描写しつつ、現在の客層の様子を絡めて面白く表現している。

本来ルノアールは名曲喫茶で、従って流れているBGMはクラシックである。が、あれほど過激にクラシックとは無関係な客層が中心となっている名曲喫茶は他に例を見ない。店内は今の時代には信じがたいほど広く、一見馬鹿でかいキャバレーかダンスホールのようなインテリアで、通常照明は暗めだった。僕にとっては一人で行く類いの喫茶店ではなかったから、行く時はいつも同級生たちと一緒だった。

この番組の中では「ルノアールGinza」と表示されていたけれど、僕にはそれが本当に銀座にあるルノアールで撮影されたのかは分からない。前回日本へ行った時は新宿東口のディスクユニオン付近と大ガードから新宿西口に出て大久保方面に向かった所にあった。

今でもルノアールの店内では実に雑多な人たちが実にランダムな事をやっているのだろうか?次回日本へ行く際は必ず行こう、ルノアール。

8.14.2009

The Cove

日本の人たちはこの映画のことを知っているだろうか?

http://thecovemovie.com/

アメリカではすでに公開されている。最近、「日本人」としての僕に質問が絶えない。