一人の時はだいたい本屋を漁り、レコード屋を覗き、ジャズ喫茶で昼寝したり読書したりしていた。レコード屋はあくまでも覗くだけだ。その当時でも日本製のレコードは2000円以上したし、好きだったマイルスがリリースしていたアルバムは2枚組ライブがやたら多く、それぞれ2800円から3200円という高価な代物だった。
ジャズ喫茶でもコーヒーは一杯400円から500円。音楽への好奇心を満足させるためにはコーヒー一杯で粘りに粘って世界最高級のオーディオシステムで出来るだけ多くのレコードを聴く方が安かったのだ。
東京JR中央線沿線の各駅周辺には多くのジャズ喫茶があった。クロスオーバーを聴くなら「Outback(アウトバック)」という野口伊織氏の店が一番だった。壁を隔てた隣には「赤毛とそばかす」というこれも野口氏経営のロック喫茶があった。Outbackにはアルテックのスピーカーのコンポーネントをコンクリートの壁自体に埋め込まれたラディカルなスピーカーが設置されていて、それをマッキントッシュのアンプで鳴らすというとても「エレキマイルス的」なシステムがドーンとあった。
エレクトリックマイルスが生んだ数々のバンドリーダーたちや音楽の可能性を追うのが個人的には好きだった。「マイルスが歩んできた道程のルーツは?」などとは考えず、新しいものばかりに関心が行っていた。したがって「ジャズ」の大御所たるチャーリー・パーカーやルイ・アームストロングなどは特に聴かず、ジャズロックやフュージョン、クロスオーバーと呼ばれた純粋な意味ではジャズとは呼べない(のであろう)音楽を好んだ。
なけなしの郵便貯金を引き出してマイルスやハービー・ハンコックを今は無き新宿厚生年金会館へ観に行った。あの体験は今もオレの中で貴重なものとして生き続けている。
当時のジャズ評論家たちは電気マイルスは『スイングしていない』と盛んに批難していたし、夕方以降ジャズ喫茶でアルコールが飲める時間になるとやって来た「いかにもジャズを聴きそうな大人達」がウイスキーをロックで舐めPeaceの両切りを吸いながら聞いていたのもエレクトリックなマイルスではなかった。「スイングしてないってどういう事だ?関係ねぇだろうが…」と言えるようになったのはオレが渡米してからずいぶん後の話だ。
マイルスがここまで神格化(?)されるほどになった今、彼のエレキ音に顔をしかめていた彼らはどう感じているんだろう?
アメリカの映画/テレビで活躍している黒人男優、ドン・チードルが主役と監督を務めた新作映画「Miles Ahead」はそんなマイルスを描いており、近日公開予定となっている。あのオジさんたちがどう思うかお話ししてみたい気がする。
あれ以来ずっと今に至るまでオレにとってジャズは「スイング」しているかではなく、「グルーブ」があるかどうかだ。