3.31.2016

サンフランシスコベイエリア不動産事情2016

2015年4月末のデータだが、サンフランシスコ市内(「ベイエリア」は含まないということになる)の家賃の平均4225ドル(現在のレートで45万円相当)だとツイッターで見た。一戸建ての値段は今や一軒1億以上で、それ以下では良いご近所さんとは言えない環境のものしか無い。しかも売りに出てわずか一週間後には売値に東京郊外で新築マンションがキャッシュで買える程のプレミアが着いた上で売れてしまう。あれから丸一年経ったが、その「平均」はさらに高くなっていると思われる。あれ以来、特に「バブルがはじけた」とか「〇〇が不調」とかは一切耳にしないからである。

断っておくが、オレは不動産屋でもその分野に詳しい訳でもない。この地域の住民の一人に過ぎない。が、こうやってのんびりとブログ記事を書く事が出来るのも月々の家のローンが8万円だからなのだろう、と思っている。2008年のいわゆるリーマンショックの影響で自宅の値段は約30%落ちたが、現在は買値の30〜40%増しの値段で売れるようだ。売って別のご近所さんでもっと良い家に住みたいと思うのはやまやまだが、到底アフォード出来るものではないからじっと今の家に居るつもりである。

不動産企業で働く知人によればこの地域における中国人による不動産の爆買いは収まってきたらしいので、単にあの連中が市場を高騰させているとは言えない状況のようではある。が、一戸建てからコンドミニアムのお値段から一般賃貸物件の家賃に至るまでこの地域の居住費はアメリカ国内で群を抜いて高いという点には変化は無い。

こういう状況下で生活していると、毎年帰省する際、例えば東京の世田谷区の2LDKのアパートの家賃が25万とか聞くと「めっちゃ安いやん!」と思ってしまうのだ。うっかりそれを口にしてしまうと、「またまたぁ〜 Tさんはシリコンバレーの一流企業でバリバリやっておられるからぁ」と冷やかされるのがオチなのでなるべく会話ではその話はしないようにしている。実際はこちらでの給料がどうのこうのではなく、こちらでの不動産事情、居住事情がやたら高く、そんな中で日常生活を送っているからだけなのだ。

ある意味、こういう経済感覚を持てるのは有利である。物価や居住費が高いニューヨークやヨーロッパの主要都市へ行ってもそう大して驚く事もなく、割と普通に旅が出来る。日本へ行けば東京を含めてどこでもそれほどの帰省コストを懸念しなくても済む。

逆に日本からこの地域へ旅行に来る人たちにとっては大きな負担になるだろう。さらに大学留学となると、不動産同様に高騰を続ける大学の授業料(これは現地のアメリカ人の親たちにとっても大きな頭痛のタネになっている)以外に法外とも言える家賃の心配もしなければならず、実現が遠のく方も多いのではないだろうか。

ではこのトレンドはこれからどうなるのか。このバブルもいつかははじける。それが何が原因でどのようにもたらされるのかは全く不明だ。この地域のローカルサイトなどでは家賃5000ドルも出てきている。しかもごく普通に。考えられるのは中国経済の失速と(起こって欲しくはないし、あってはならない事なのだが)テロや戦争の影響、などが人為的な原因として可能性がある。あるいは天災であろう。アメリカからカナダにかけて西海岸は大地震がいつ起こっても不思議はないとされているから、先ずそれが頭に浮かぶ。

前述の不動産企業に居る知人は2017年は経済市場の低迷が予想されると言ってはいるが、さて、どうなる事か。

1970年代のクロスオーバー(ジャズ)その1

1970年代半ば、貧しい母子家庭の長男だったオレは高校生。母親に小遣いをせびるのもためらわれ、カフェでバイトをして読む本を買ったりお茶代にしていた。クラス内では特に浮いている訳でもなかったがグループで連む時間と一人でフラつく時間をバランス良く分けて作っていた気がする。

一人の時はだいたい本屋を漁り、レコード屋を覗き、ジャズ喫茶で昼寝したり読書したりしていた。レコード屋はあくまでも覗くだけだ。その当時でも日本製のレコードは2000円以上したし、好きだったマイルスがリリースしていたアルバムは2枚組ライブがやたら多く、それぞれ2800円から3200円という高価な代物だった。

ジャズ喫茶でもコーヒーは一杯400円から500円。音楽への好奇心を満足させるためにはコーヒー一杯で粘りに粘って世界最高級のオーディオシステムで出来るだけ多くのレコードを聴く方が安かったのだ。

東京JR中央線沿線の各駅周辺には多くのジャズ喫茶があった。クロスオーバーを聴くなら「Outback(アウトバック)」という野口伊織氏の店が一番だった。壁を隔てた隣には「赤毛とそばかす」というこれも野口氏経営のロック喫茶があった。Outbackにはアルテックのスピーカーのコンポーネントをコンクリートの壁自体に埋め込まれたラディカルなスピーカーが設置されていて、それをマッキントッシュのアンプで鳴らすというとても「エレキマイルス的」なシステムがドーンとあった。

エレクトリックマイルスが生んだ数々のバンドリーダーたちや音楽の可能性を追うのが個人的には好きだった。「マイルスが歩んできた道程のルーツは?」などとは考えず、新しいものばかりに関心が行っていた。したがって「ジャズ」の大御所たるチャーリー・パーカーやルイ・アームストロングなどは特に聴かず、ジャズロックやフュージョン、クロスオーバーと呼ばれた純粋な意味ではジャズとは呼べない(のであろう)音楽を好んだ。

なけなしの郵便貯金を引き出してマイルスやハービー・ハンコックを今は無き新宿厚生年金会館へ観に行った。あの体験は今もオレの中で貴重なものとして生き続けている。

当時のジャズ評論家たちは電気マイルスは『スイングしていない』と盛んに批難していたし、夕方以降ジャズ喫茶でアルコールが飲める時間になるとやって来た「いかにもジャズを聴きそうな大人達」がウイスキーをロックで舐めPeaceの両切りを吸いながら聞いていたのもエレクトリックなマイルスではなかった。「スイングしてないってどういう事だ?関係ねぇだろうが…」と言えるようになったのはオレが渡米してからずいぶん後の話だ。

マイルスがここまで神格化(?)されるほどになった今、彼のエレキ音に顔をしかめていた彼らはどう感じているんだろう?

アメリカの映画/テレビで活躍している黒人男優、ドン・チードルが主役と監督を務めた新作映画「Miles Ahead」はそんなマイルスを描いており、近日公開予定となっている。あのオジさんたちがどう思うかお話ししてみたい気がする。

あれ以来ずっと今に至るまでオレにとってジャズは「スイング」しているかではなく、「グルーブ」があるかどうかだ。